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よーく考えよう。お金の使い方は大事だよ。

お金は、いくらあっても困らないのに、直ぐに逃げて行ってしまうイケズな存在。それ故、話をする機会は多いのだけれど、「もっと稼げたら」とか「無駄遣いしちゃった」とか「あれが安い、これが高い」というような、目の前の話になってしまう事が多くないですか?

 

お金の使い方は自由

そう。お金は誰の物でもないのです。お金はいくら持っていても使わなければ効力を発揮しないのです。単なる紙や金属でしかない。そして最近では手で触れる事ができるお金も減ってきてクレジットカードや電子マネーが優勢になってきている状況。お金自体は単なる数字でしかないんだな~と感じてしまう。そんな世の中だと思います。

(自分の小さい頃は、小銭を握りしめてお菓子を買っていたなぁ…しみじみ。)

実際は、お金は人生の中で貴重な資源なのだから丁寧に扱う必要が有ります。しかし人によって扱い方が様々であるというのも事実です。

  • 生活費に使う
  • おいしい食べ物を買う
  • 好きなブランド品を買う
  • ギャンブルに使う
  • 投資に使う、保険に使う
  • 寄付する

ある人から見れば「素晴らしい使い方!」でしょうし、他の人から見れば「無駄遣い」と見られると思います。そうは言っても結果的に本人が幸せになれるのであれば、使い方を問わず良い使い方と言えると思います。(もちろん日常生活に支障が出ない範囲という条件がついてしまいますが。)

 

あれもこれも欲しい

基本的には労働≒人生の時間を切り売りしてお金を手に入れる事になるため、人生の時間を無駄にしないためには必要十分なお金を稼ぐという事が重要だと思います。そうなると「他の人が持っているから。」という他人に起因してお金を使ってしまう事は非常に勿体ない。あれが欲しいから稼ぐんだ!あれがやりたいから稼ぐんだ!という思考になった方が健全ではないでしょうか。

 仕事=人生の楽しみという人であっても、お金が稼げなければ豊かな人生を過ごすことはできないので、ある程度、効率よく稼くという事は考えなければならないと思います。そのような場合でも、お金に余裕があるからと言って、それ程欲しくない高価なものを買ってしまえば他に使えるはずだったお金を失っている(人生の時間も無駄にした)事になってしまう事になると思います。

 自分自身もダメダメです…

 

買ったと認識しずらいもの

知人と話していて価値観が大きく分かれる事が、この「買ったと認識しずらいもの」ではないかと思います。

  • 株式(投資系全般)
  • 骨董品、ビンテージ

 

次点で

  • 保険

そして

  • 預金

私の発想力が貧困ですが、身近なのはこのあたりでしょうか。最初のカテゴリーは何かを買ってお金を増やす可能性があるもの。(ギャンブルは除外)本物を見極める事が出来れば、高値で売る事が出来ます。買っているけど儲けているという事になるのです。稼ぐために買うという不思議な現象になります。しかし、本物を見極めなければ無駄なお金を払った事になります。人によって考え方が大きく考え方が分かれると思いませんか?

 

次に保険は商品だし買うものなのですが、「買ってよかった」と思う人は、保険を行使できる「不幸があった人」だけなのです。買ってよかったと思える人が少ない以上、これも意見が分かれる所だと思います。使わなかったから無駄だったなと思うか、安心して生活できて良かったと思うか、その人の置かれた環境次第になりますよね。

 

最後に預金です。預金もある意味、買っている事になると思います。例えば、今なら手持ちの1万円で欲しい服が買えるのですが、将来のために1万円を預金しました。しかし物価が上昇して1万千円になってしまったとしたらどうでしょうか。この場合、欲しい服を買えなくなってしまいましたが、得をしたのか損をしたのかどちらでしょう。使ってないのだから損はしてないと感じるのですが、服の価値が上がってお金の価値が下がった事になりますよね。為替の変動により、物の価値が変動してしまう以上、預金する事も買う事に繋がるように思います。今ならUSドルで預ける(買う)事もネット銀行で簡単にできるのですから「預金」が「買う」事に繋がるイメージが湧きやすいと思います。

 

こんな話をすると頭ではわかるんだけどね~という会話で終わる事が多いです。価値観の威力は絶大で宗教並みだなと思う事が多いと感じます。

この記事で「なるほど」と思って頂けたら、少額で色々と試してみると発見があると思います。私も道半ばですが色々トライしてみようかと思っています。

 

おしまい。

65歳の自分は何をしているだろう


年金受給開始、71歳以上も=自民、「1億活躍」で提言 (時事通信) - Yahoo!ニュース

 

そろそろ、定年という考え方を見直す必要に迫られているようです。

提言では、65歳までを「完全現役」とする社会を推進しつつ、66歳以上も本人が希望する限り働けるように国や産業界に呼び掛ける。受給開始時期の選択制についての周知も図る。 

 

年金がもらえる年齢

日本年金機構のHPに詳しく書いてありました。ちょっと調べれば様々な情報が載ってますね。

老齢基礎年金の受給要件

20歳から60歳になるまでの40年間の全期間保険料を納めた方は、65歳から満額の老齢基礎年金が支給されます。
保険料を全額免除された期間の年金額は1/2(平成21年3月分までは1/3)となりますが、保険料の未納期間は年金額の計算の対象期間になりません。
平成29年4月分からの年金額 779,300円(満額)

 

65歳まで完全現役になるというけど

暗黙として定年を65歳まで延長するという事に繋がると思うのですが、本当に良い事なんでしょうか。確かに会社としては、スキルを持った人材を延長して雇用できるという意味ではメリットがあります。それは結果的に若い世代を育てる事に対する阻害要因になる可能性もあるのではないでしょうか。各会社とも工夫を凝らしているとは思うのですが、単純に高齢者が多く、若人が少ないという歪な年齢構成の会社は多いと思うのでお手軽に適用できるとは思えないのです。

 

65歳まで成長し続ける事はできるか

会社として通用するスキルと社会で通用するスキルは重ならない部分もあると思うのです。個人事業主フリーランスで活躍されている方は毎日気を使っていると思いますが、会社内にいると目の前の仕事に囚われて社会が必要としているスキルに目を向けられなくなってしまうと思います。「今の給料で他の会社が雇ってくれるのか。」という観点では、転職は35歳までと言われている通り高年齢になればなるほど、また、給料が高くなればなるほど、険しい道のりではないかと思います。日本の会社は実力や成果だけでなく、年齢や社内での立ち位置で給料が決まる部分もあるため、外部から人を受け入れる事が不得意なのではないかと思います。

逆に圧倒的なスキルを持っていれば、全く問題ないのだろうと思います。自分でそのスキルを活かせる会社を選択する事も可能になるため働く幅は広がるのではないでしょうか。

しかし、多くの人にとって60歳、70歳という年齢になってもスキルを上げ続ける事が可能かと言われると、精神的、体力的に難しい点が多いのではないかと思います。どちらかと言うと、それまでに培ったスキルを利用して仕事をこなしていく事を考えた方が現実的です。

 

65歳の自分は何をしているだろう

最初に思いつくのは「死んでいるかも知れない。」でしょうか。若くして亡くなる方は以外に多く、ニュースにも取り上げられます。ひとまず死んでいる前提は横に置いて、年金生活で悠々自適な生活でしょうか。いやいや、本当に受給できているかわかりません。まだ、20年は必要なので、制度がどうなっているかわからないです。

 

結局、「やれる仕事をして、生活費を稼いでいる。」と思うのが現実的なのではないかと思います。それが、どのような仕事なのかわからないですが、少なくとも今の会社に残っている前提で考えたくはないと思います。残っている未来を考えてしまったら、思考停止して、今とほとんど変わらない暮らしをしているという幻想に囚われてしまいそうだからです。自ら変わっていく事を前提にいろいろな暮らし方を模索しないとダメだと思うのです。遠い先の事を考えすぎても良くないので、年齢の節目、子供達の学校の節目 、親の年齢の節目など自分だけではなく家族の節目を考えながら思案してみようと思います。

 

おしまい。

 

GWとプレミアムフライデー

GWは終わって感じるのは、我ながら休暇の取り方が下手だなと思う事です。もう少し工夫ができないだろうか…

 

せっかくの休みなので(なのに)

日頃できてなかった事を休日に纏めてやりたいと思ってしまう事が多いです。それは計画性があるようで実は突発的な思いつきか、先延ばしにしていた作業であるため、効率的に片づけられるはずもなく、せっかくの休日だったのにやりたくない作業で時間を使ってしまった…と思う事が多いです。

 

休日なのだから

先に予定がきっちり入っている休日は疲れても逆にスッキリする事が多いと思うのです。「旅行の予定を入れちゃったから」とか「学校の運動会があるから」とか。もう少し細々した事はありますが、平日の代用にならないような事柄やイベントであれば、会社や仕事の事を割り切って考えやすいような気がするのです。ここで割り切れない所まで行くと仕事のストレスで心が病んでいる状態なのかもしれません。自分もそういう時はありますが、「今は考えてもしょうがない。」と思いやすい時間の使い方だと思います。

 

GWは休日、プレミアフライデーは平日…

休日は、会社の大半が休み(≒休む人の方が多い)、プレミアムフライデーは会社の大半が仕事(≒働いている人が多い)という心の動きなのだと思います。プレミアムフライデーが休日扱いなら皆さん帰ると思います。その人が抱えている仕事の有無については当然なのですが、根本的に「何となく休む、何となく早く帰る」と言うのは難しいのではないかと思うのです。むしろ罪悪感を感じるくらいというか。しかし自分の時間を最大限使うという意味では同列なのかなと思います。会社の規則に従うのは必要ですが、その範囲内で自分の意思で時間をコントロールできるのが一番良いのですが…。

 

休日の過ごし方 

私を含め、多くの方は休日の過ごし方が下手なのだと思うのです。仕事から逃れるために休日があるという捉え方になってしまっている時点で、休日は思い切り休めないのだと思います。大袈裟に言うならば日曜、祝日も人から(会社から、国から)与えられた休暇のようなものなのだから、自分が決めた休日なんだと思って過ごす事が出来ないと充実しないのではないかと思うのです。

 

会社人は、「休日は忙しいのだから、仕事の事を考えている暇は無い」という位、メリハリがつけられると幸せだなと思います。とても難しいですが。

 

おしまい。