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会社と社畜と私

昇格。格式・地位などが上がること。また、それを上げること。

私は数年前に課長昇格試験を受けました。元々昇格したいという意思は希薄だったのですが、平均よりは高い評価、おっさん的な年齢、組織の年齢的な構造、適当な人がいないといった理由(自己分析)から昇格試験に推薦される事になり、半年にも渡る厄介な課題と最終プレゼンをこなしましたが…結果落ちました。

残念だと思われるかもしれませんが、この結果に私自身は正直ホッとしました。もし挑戦しなければ社内的な評価は単純に下がるし(自己分析)、ちっぽけなプライドを満たせない。でも、責任と共に残業が増大して今までよりも社畜化が進むことに対して乗り気ではなく頑張れるか不安でした。

 

 今、働いている部門での課長級はかなりの社畜度です。マゾとしか言いようがないでしょう。不足する売上予算に対する圧力に立ち向かい、プロジェクトの火消しを自ら行い、鎮火まで報告する責務があります。世間的にも課長ならばよくある事なのだと想像するのですが、正直これはシンドイなと感じていました。

理不尽に次ぐ理不尽が発生する中、部長からあの手この手で「課長なのだから。他にできるヤツがいないから。会社に貢献してくれ。」と責任を押し付けられ、「何故できない…理由を言え。お前のやり方が悪い。もっと早く報告しろ。」と叱責される姿を見ていると、この言葉しか出てこない。きっつー(©フミコフミオ氏 (id:Delete_All))

 

私は完璧な社畜にはなれなかったのです。「昇格を手にする事で得られる報酬、守られるプライド」と比較して、「大量の残業で時間を奪われ、重い責任により精神を奪われる」事を天秤にかけてしまったのです。社畜側に振れていた天秤は昇格しなくなった事で思い切り反対側に振れてしまいました。本当に良かった。真人間になれたような気がした。社内では精神を奪われ帰らぬ人となった方は多数いるため、ちょっと考えれば他人事ではありません。「自分は違うだろう、そうならないだろう」と言うのは社畜超人化が進み切っているだけでしかないのだと思います。残業大変だわーで乗り切れる程、甘くはない。

 

社内での立ち位置をキープしながら完全な社畜を装いつつ、手を抜いていける40代を過ごして行きたい所存であります。合わせて逃げ場の準備も怠らないつもりです。

 

おしまいに、試験に落ちた時の理由なのですが「昇格させる定員を超えたから。」という遠回しな理由を言われました。きっつー。その理由の方が余程やる気を削ぐってのわからないのかね。最初から定員だけやらせればいいやん…。

自分の中では、端々で他のメンバーよりも社畜度が低かったためだと分析しています。ちっぽけなプライドでよかった。「愛する会社のため、毎日社畜でいたいから~」とはならなかったのです。私には社畜度マックスをアピールする意識高い系は似合わない。