稼ぐのか、貰うのか。

同じ業種・職種に関する給料の相場について気になる事は無いですか?より楽な仕事で、より多くの給料を貰えるならばその方が良いですよね。かと言って、「楽な仕事」の定義は違うので、仕事の向き不向きは重要な要素だと思います。その他にも、やりがいとか暇潰しとか、はたまた世間体などという要素があるかも知れません。

 

ふと、自分は「稼ぎに行くのか、貰いに行くのか、どちらなのだろうか?」思ったのです。お金を手に入れるという点では同じ意味になるはずですが…

 

  • パチンコでお金を稼いでくる。
  • パチンコからお金を貰ってくる。
  • パチンコに遊びにいく。

 

自分はパチンコはしませんが、ギャンブルでお金を手にいれたら「稼いだ」という表現を使うように思えます。もともと遊びに行くと言って出掛けた場合でも、勝てば「稼いだ」事になります。能動的に動いたらどんなシチュエーションであれ、「稼いだ」という言葉を使うのではないかなと。パチプロの方でも、パチンコから貰ってきたという使い方はしないと想像します。

 

 

学生の頃、日雇いのバイトで体を動かした時は、稼いだ感がとても強かった事を記憶しています。 (仕事ぶりが悪くて)バイト代が支払われないリスクがある状況で、ちゃんと対価を頂いた時に、働いて稼いだなと感じていました。

 

仕事の対価としてお金を「貰う」のは、自然な事だし、それが実態として「稼ぐ」と同じ意味を持つのは当然な事だけど…

 

違いは「会社には雇われている」という事なんですよね。会社の後ろ楯を貰って働き、ある程度仕事をこなせば一定のお金を貰える。素晴らしい仕組みですね。自分もこの仕組みに支えられています。病気になっても、ある程度は保証されるし、下手をしなければ能力の追い付かない老人になっても仕事をくれる。

 

そうやって、思考停止になれるところが、一番のメリットなのかも知れません。毎日を戦いながら生きるのはかなり大変です。

 でも、戦わないが故に、この生活から抜け出せない状況になりますよね。会社に雇われているから、会社が大事。仕事が大事。依存症から抜け出すなんて容易ではないし。

 

日本にいて会社に雇われる事は良いことだと思います。それで成り立っているわけだし。でも、会社からお金を貰う生き方だけ考えていると、会社が無くなったとき立ち直るまでに時間がかかってしまう。そして何より何のために生きていたのか見失ってしまう…そんな気がします。

 

大きな会社があっさりと消えて行く時代なのだから、これからは少しでも自分で稼ぐ事を大事にしてみようと思います。もっとお金の事に詳しくなって、稼げる方法を学び試して見れば、依存症から逃れるための薬にもなると思うから。

 

おしまい。