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助言の難しさ

助言や悩み事の相談を求められた時、うまく回答を導くために悩む事がありますよね。

 

助言に対するスタンス

私の考えとしては、悩み相談や助言を求められた場合、意見を伝える側が、「あなたは、こうした方が良い」ではなく、「私は、こう思う」と伝える必要があると思うのです。最終的に行動を決めるのは助言を求めた本人だからです。単純な事なのですが、なかなかうまく伝わらない場合があります。

 

一般論なのか強制なのか 

上司と部下のように上下関係がある場合、伝える側(上司)は、発言した内容が命令や強制に近くなる事を意識した方が良いと思います。例えば「資格は取った方が良い。」と上司から言われたら、「暗黙的な強制」と感じるでしょうし、同僚から言われたなら「一般論の意見」と感じるでしょう。恐らく受け取り側の反応は大きく変わってくると思うのです。

 

更には友人関係、親子関係など、関係の親密度によって双方の受け取り方が変わってしまうため、複雑性を増しているように思えるのです。相手の事を真剣に考え過ぎる事により「自分なら、こうする」が全面に押し出される事で「こう、すべきだ。」「これ以外ない。」という断定的な意見になりがちだと思うのです。

 

子供たちに対しての助言

子供の育て方の違いは、即ち子供達への接し方の違いだな~と感じたのですが、それと同時に私は「こうしなさい。」「それは違う。」という強制に近い助言をしているなと思ったのです。更に、親と子の関係であれば、考え方や行動が似ていると錯覚しがちで、「この子は変な所ばかり似て~」なんて世間話をするのですが、それって本当なのだろうか?親と似たような行動になってしまっているが、実は親が暗黙的に強制(誘導)していないのだろうか?と考えてしまったのです。

 

自分で選択するという事

私は自分の子供には、自分で選択できる人になって欲しいと思っています。しかし、幼い子供達の判断基準は、まだまだ危うい所もあり、どうしても親の介入が必要です。

しかし、すべて「大人の常識」「効率」「安全」といった大人基準…もとい、私の基準で助言する事が正しい事なのか、注意深く考える必要があると感じたのです(今は、ほとんどの場合が強制になってしまうので)。これから工夫は必要ですが、複数の選択肢を伝える事や子供が自分で考えた行動を多少は危ないと思っても、尊重していく必要が有ると感じています。

 

何歳になっても自分の子は子供

親離れ、子離れができないという話は聞きますが、いつまでも子供扱いされて困っている方も多いのではないかと思います。子供として、「それを飲み込んだ上で自分が正しいと思った選択する。」というのは難しい事だと思いますが、それが出来るようになってこそ、真の親離れ、子離れなのかなと思います。

 

おしまい。