心の休暇はどうやって取ればいいのだろう

最近は忙しく働いているため、心が少しずつ擦り切れるように感じる今日この頃です。「お母さん、私は元気です。」と言えるほど元気も出ないですし楽しい仕事をしているわけでもありません。

そんな心が荒んだ平日を過ごした後の土曜日はとても開放的な気分になれます。実際には金曜日の定時後から、早く平日から抜け出したくてウズウズしている事が多いと思います。でも待ちに待った休日であるほど日曜日の午後には重たい気持ちへと変わっていきます。理由は分かってるんです。金曜日までに残した仕事、見て見ぬふりをして来週に持ち越した仕事、そして走って逃げているのに追いかけてくる締め切り…。マラソンすら苦手な自分が、短距離走のスピードでマラソンを続けているような心の状態になってしまう自分がいます。

心が乱れてしまうと、寝不足となり仕事も捗らなくなるだけでなくスマホを見ている時間が増えて行きます。(正確な情報ではないかも知れませんが、自分も当てはまる!と思います。脳が疲れてくると正しい判断が出来なくなるようです。)

 

心の休暇はどうやって取ればよいのだろう

日曜日の午後に真剣に悩む事が多いです。私と似たような人も多いのではないかと思いますが、土日でやった事を思い出して、-充実した休みを取る事が出来たはず-という気持ちを反芻する事により休日が有意義であったと自分に言い聞かせます。本当なら休む事が休暇なのだから充実する必要は無いし、勿体ない使い方と言うものもないはずなのですが、限られた時間をこれと言った理由もなく消費してしまった事に対して罪悪感すら覚えてしまいます。こういう事を繰り返していては心の休暇が取れているとはとても思えません。

休日を無駄に過ごしたくないという感情はは平日に時間が無くて好きな事が出来ないという事が原因だと思います。潤沢に自分の時間があれば多少無駄遣いしても気にならないはずですし、やらなくてはいけない事を済ます事が出来るので休日の空き時間が増える事になります。仕事が忙しい時は本当に悪循環が続いてしまうので、思い切って週の中の1日は早く帰るようして心を整理する時間を持った方が良いと思います。心を整理する事が出来た時、心の休暇を取る事が出来るのではないかと思うのです。

 

頭空っぽの方が良い事もある

連休を使ってスキーに出掛けました。この寒い冬にわざわざ雪の降るゲレンデに出かけ、わざわざ冷たい雪に戯れる…冷静に考えれば何かおかしいと思いますが、滑っている人達はみんな楽しそうで冬のレジャーを満喫している様に見えました。苦労も顧みず自然と戯れる(スキー場が完全な自然とは言いませんが)という意味では、子供っぽいレジャーなのかも知れません。

子供達はスキーでは滑れないため、まだまだソリを活用しています。自分も子供達と一緒にソリで滑るのですが、滑っている間はスピードのコントロールだけなので集中しているようでありながら、ぼーっとしているような状態になります。(ぶつかっても雪の上なのでそれ程いたくありませんし。)直感的にこの状態は頭がリラックスできる!と感じました。完全にぼーっとしていると余計な事が頭の中に湧いてきて油断すると仕事のことまで考えてしまいますが、ソリであれば完全にはリラックスできないため余計な事を思い出す事はありません。リラックスできないとは言っても滑る斜面を観察して、大まかに状況把握できれば支障は無いため、頭が疲れるという事はありません。
日常生活であれば、散歩や自転車による移動に近い事なのだと思いましたが、ソリは自分の意志で動いているわけではなく勝手に斜面を滑り落ちていくため、自分が完全にコントロールできない環境にいるという事もポイントの一つだと思います。

 

受け身で活動する事も心には良いのでは

日常生活ではどうしても時間の効率的な使い方を要求されていると感じてしまうし、自分で決めた場合でも効率的な時間の使い方を選んでしまいます。心の休暇を取りたい場合には、家族や友人から受け身で楽しむ事を与えてもらうのも良い事だと思います。私も旅行に出かけるまで(予定や準備)が面倒くさいので妻に任せきりとなる事が多いですが、行ってしまえば、残りは楽しむだけという状況になると思います。能動的に行動すればするほど「時間を有効活用する事」に対するの責任が重くなって、失敗するとせっかくの休日が無くなったと感じてしまう事でしょう。しかし、自分ではやりたくないと思っても人に任せる事により自分は何の責任もなくリラックスした状態で心の休憩を取る事が出来るのではないでしょうか。

 

「つかの間の休日だからこそ、あえて何もしない」という気持ちの境地に対して、何もしない自分自身が認めてあげる必要が有ると思います。

 

おしまい。