RPGは必ず努力が報われるゲームだからね・・・

私はテレビゲームが好きです。

 

小学2年生の時にファミリーコンピュータファミコン)を泣きながら親にねだって買って貰った事を今でも覚えています。母親は買いたくなさそうでしたが、あまりにねだる子供に根負けしたのでしょう。その時に何のゲームをやりたかったのか覚えていません。恐らくスーパーマリオだと思います。

中でもドラゴンクエストシリーズは大好きでした。親が厳しいくて良い子だったので、睡眠時間を削って短時間クリアを目指す事はせず、じっくりと攻略するのが常となっていました。安くはないソフト(昔はカセットって言ってました。)を短時間で攻略してしまったら勿体ないし、少しでもゲームの世界に長く浸っていたかったのでラスボス直前でひたすらレベル上げをするような遊び方をしていました。

高校生までは精力的にゲームに勤しんでいましたが、大学生になってほとんどやらなくなりました。独り暮らしを始めた事で時間が取れなくなった事がひとつの理由ではありましたが、ゲームだけを趣味にしていたら、自分の人生で何も残らなくなるんじゃないかと不安になった事も大きな理由でした。(多感な年頃だったのでしょう。)

社会人になってからは更に忙しい日々が続いていたため、ゲームの時間は更に短かったように思います。ゲームするくらいなら寝ていたい。そんな感じで。

古い話に関しては事実関係が曖昧になっているのですが、全くゲームをしなくなった訳ではなく、何かしらのゲームで遊んでいた記憶が残っています。

 

最近になり、子供たちが大きくなった事でゲームを始めるようになり、自分にもゲーム熱が復活してきました。そんな中、PS4でドラゴンクエスト11が発売されました。知っての通りRPGロールプレイングゲーム)です。ちまちまとレベルを上げてクエストやイベントをこなしストーリーを進めていくタイプのゲームになります。最近のゲームは様々なジャンル(パズル、アクション、格闘、シューティング などなど)があり無数のタイトルが発売されていますが、このドラゴンクエストシリーズを思い出すたびに、中学生の頃、好きなゲームのジャンルについて話をした事を思い出すのです。

 

RPGが好きか格闘ゲームが好きか

中学生の頃、私はRPGが好きでした。(今でも好きですが。)長時間遊べるというのも重要な要素でしたし、何しろ主人公が成長していく事が好きでした。昔は苦戦した敵でも主人公たちのレベルが上がる事であっさり倒せるようになります。また、アイテムをコレクションするようなやりこみ系の内容も自分の性にあっていたのだと思います。その時はRPGサイコーと思っていた自分でしたが、友人の考え方は全く違っていました。

 

RPGは時間をかけた分だけ「誰がやっても」強くなるだけだろう。それってゲームが上手くなるって事にはならないし、一度クリアしたら終わりなんだからツマラナイ。シューティングとか格闘は、練習が必要だけど、毎回違うから楽しい。何しろ練習した分だけ「自分が上手くなる」のだからゲームが上手くなるってことだろ。

 

言葉の正確性はさておき、話の内容はこのような感じでした。その時、自分はこの回答に対して上手く反論できませんでした。そしてゲームが好きを自称していた自分が否定されたようにも感じました。(若かったなと思います。)「ゲームなんて遊び」という枠で楽しんでいる大多数の人にとって、自分が楽しければそれが正解です。自分がどのような遊び方をするかだけです。でも、当時の自分にとってゲームは自分の中で大きな存在だったので、すんなりと割りきることが出来なかったのだと思います。

 

ゲームが好きで得意になりたかった子供

ゲームが好きで得意になりたかった子供にとって、友人の言葉は的を射ている言葉だと感じたのだと思います。高橋名人(ハドソン)のようになりたかったわけではないのですが、好きな事で簡単に負けたくはないというプライドがあったのだと思います。RPGをやりこんでいた私は、シューティングゲーム格闘ゲーム等は、ほどほどできる程度で得意というレベルには達していませんでした。その時、仲間内でそれなりに上手いと思えていたならば、そういう考え方もあるね~で終わったようにも思えます。しかし、RPG以外をやりこんでいなかった私はそのように思えませんでした。それどころか実は自分の中に隠していた「勝負に負けたくない、下手くそと言われたくない」というマイナスの理由がある事に気づかされることになりました。それなりに時間を割いてやっているゲームを下手くそと言われるのはプライドが許さなかったのだと思います。ジャンル違いのゲームをやっていても上手くなるわけは無いのですが、ゲームが上手い人と言うのはどのゲームをやっても上手い人の事だと子供心に思い込んでいたのだと思います。

 

努力が報われる事が分かっているRPG

もうひとつ、RPGの方が好きだった根本的な理由があります。

 RPGの良い所は(ほとんどの場合)努力が報われるという事です。敵を倒せばお宝が手に入るし、経験値を得る事で主人公達は強くなります。クエストをこなす事でお金や装備品が手に入ります。ゲーム内での効率性はさておき、努力により何かを手にいれる事ができるのです。ルールの中で決まっている事ですから、何か変わることはありません。(最近のゲームはアップデートのタイミングで修正されることも多いですが。)

 

今だから言える事ですが、子供の頃の自分は、努力が嫌いだったから、努力すれば必ず見返りがあるRPGが好きだったんだなと想像できます。損したと思う事に耐えられなかったんだろな。お金や経験値、装備品やレアアイテム…努力すれば手にはいると分かっているから頑張れる。ゲームの外では無価値であっても、無駄な時間を過ごしたと思わなくて良いように。損したと思わなくていいように。

 

あの頃のシューティングゲーム格闘ゲームはデータが残りません。 ネットが無い時代ですから、ランキングなんてものもありません。極論すれば友人よりも上手いと思わせることができるかどうか。それ以外に評価する手だてはありませんでした。その反面、どれだけ努力したら上手くなるのかわからないし、運の要素も強い。負けたら何も残らない。あの頃のモヤモヤは、そういった考え方をするケチ臭い自分が少し嫌いだったのではないかと思うのです。

 

もちろんRPGは大好きです

自分の思いでと共にRPGの悪口を書いてしまった形になりましたが、RPGを楽しむ事で得られた事もたくさんあります。根気よくルーチンワークをする事はさておき、謎解きにより頭を使ったり、お金をうまく使う事を考えたり、敵と戦うための作戦を考えたり。じっくり考えながら、人に影響を受ける事なく楽しむ事ができるので、論理的に考える事ができるようになったと思います。(ちょっと大げさですが。)

今やRPGの世界も自分ひとりだけではなくなってきました。ネットで色々な情報が飛び交っていますし、自分の戦い方を他の人と比べる事ができるようになりました。ゲームの中で直接戦わなくても他人の凄い所を見つける事で自分も上手くなれるようになりました。自分だけで楽しむのではなく、数多くの人たちと楽しみを分かち合えるようになった事は本当に喜ばしい事だなと感じます。

 

報われるための努力もいいけれど

残業を頑張れば収入が増えるとか、資格を取得すれば就職に有利になるとか、試験勉強を頑張ればいい大学に入れるとか・・・。努力は必要だし嫌な事から逃げてばかりでは何も得られないので間違いなく努力は必要です。

しかし、報われないかも知れないなと思われる努力であっても、自分が楽しければチャレンジしてみるのが良いのではないかと思うのです。頭を使って効率的なゲームの進め方を極めるだけではなく、寄り道して新しい発見をできるように。または友達と競争して得意なゲームを増やすように。もちろんテレビゲームじゃなくてダーツやボウリングでもいいと思いますし、好きな趣味なら何でも良いと思います。きっと大半の事は役に立たないと思います。それでも努力する事で人生が少し楽しくなるのではないかと思うのです。

 

こんな私も今はスプラトゥーン2を下手くそなりに楽しんでいます。

楽しんでいる時の努力は全く損した気持ちにならないのです。自分なりに上手くなればいいし人と比べて上手くなる必要はないなと思えます。ガチ勢に言わせればヌルイ事を言っているとは思いますが、ムキになる事と夢中になる事は似ているようでちょっと違うという事なのだと思います。何も手元に残らないとしても、今の時間を十分に楽しめれば良いのです。

 

ただし、「時間潰しでやるゲームなのか、ゲームやりたくて時間を作るのか」スタンスが全く違います。時間潰しのためにお金をかけたり努力をするのは馬鹿らしいと思うので、本当に時間をかけてやりたいのか自分に問いかける事は必要かと思います。

 

 

 

(とりとめのない話になってしまいましたが・・・)

おしまい。