燃え尽き症候群

久しぶりに文章を書く事にした。

数年にわたるプロジェクトに区切りが付いた。
それなりに大きなプロジェクトではあったがメインの社員は数名、ほとんどをパートナー各社にゆだねる形で何とかしてやり切った。

上司からの支援はほとんどなく(手を出されても面倒であったと思うが)自分だけ残業まみれのプロジェクトだった。とは言ってもデスマーチを繰り返すような事はなく、メンタル的に追い込まれないように適度に休憩を挟みながら進められたのは幸いだった。年齢的にも最前線で働くべきではないと分かっているのだけど、そうでなければ進まないプロジェクトだったから仕方がない。

 

長いプロジェクトは気負ってしまうと、メンタルによろしくない。長い時間がある事を味方につけて今はダメでもまだ挽回できると思って気持ちを逃がしていく必要がある。抱え込んで倒れる事が一番の損失なのだから。それでダメなら上司に責任を取ってもらうくらいはバチは当たるまい。組織で動くのだから少なくとも責任を押し付けさせてもらわないと割に合わない。

裏腹に自分がどうにかするしかないとプレッシャーに襲われていた。役に立たない上司に期待した所で時間の無駄。1on1で「どうすれば解決できると思う?」と聞かれるだけだから。(このフレーズは恐らく何かの研修で身に着けたものなのだろう。)どうしたら解決できるか考える余裕がない人間にこの発言はプラスには働かない。相談しても邪魔をされるだけ自分で何とかするしかないと思わせるだけである。

 

気持ちの狭間で揺れ動きながら着実に仕事を進めてきた。
少しは眠れない日もあったが、どうにもならないと思うような状況は起こらなかったから、多少の課題は時間が解決してくれる事を祈り可能な限り6時間睡眠をキープするようにはしていた。その代わり休日出勤は多くなってしまったが。睡眠を削るとネガティブなサイクルに陥るから、その方がマシという自分の性格に合わせた回避策であった。

 

自分の力量はだいたい分かっている。力業で何とかするタイプではなく立ち回りで何とかするタイプだ。小賢しいと思われているかもしれない。
総じて幸運だった。良い方に転がった事によって大きなトラブルもなくプロジェクトは終了した。振り返りをやって色々な話が出てくるが、再現性なんてないんだから意味ねぇと心の中でクダを撒いていた。結局、自分で頑張る奴がいなければプロジェクトはうまくいかない。運を味方につけるだけの努力ができるように環境を整えるしかない。

 

さてプロジェクトは終わったのだけど、すり減った心はなかなか元には戻らない。あぁこれが燃え尽き症候群なのかなと少しだけわかるような気がした。心は焦るのにやる事は少なくなっているからアンバランスな状態になる。これはこれで非常に疲れてしまう。タスクを片付ける達成感を得る事はできないのでエンジンを吹かしているのに前に向かっていく気がしないのだ。そのうちに頑張らなくていいんだ、頑張ってはいけないんだ・・・何のために頑張っていたのだろう?と気持ちが変化していった。

 

こんな時は何とかしようと思ってはいけない。
もともと金を稼ぐための労働。逃げられない業から目を背けるように、やりがい、生きがいで飾っているだけなのだから。ネガティブな時はそうとしか思えない。もちろんいい仕事もできない。ただ、しばらくの間やり過ごすのが得策だ。時間を味方につけて大人しくやりすごす。

本音と建て前のバランスが取れている時、世間から見たら良い仕事ができているのだろう。情熱的に仕事をしているから良い仕事ってわけじゃない。錬金術師は等価交換が口癖だったけれど、世の中は互いの思い込みだけでWin-Winになれる。互いが得をしたと思えたら等価交換ではないのだろう。その思考には自分自身も含まれる。ささやかな満足感がそれにあたるように思えから。

少し休憩したら、ささやかな満足感のために頑張ろうと思う。
21時定時と言っていた日々に戻る事が良いとは思えないが、気持ちだけでも上げていかないとな。働かざる者食うべからず。のんびりと仕事をしたいものである。

 

おしまい。